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 これこそ、ぼくにとって、世界でいちばん美しく、いちばん悲しい風景だ。これは前のページと同じ風景だ。でもきみたちによく見てもらうために、もう一度描いた。ちいさな王子が地上に現れ、姿を消したのは、ここなんだ。
 もしいつか、きみたちがアフリカのこの砂漠を旅行するとき、ここが確かにわかるように、この風景を注意深く見ておいてほしい。そしてここを通ることがあったら、お願いだから急がないで、この星の下で少し待ってほしい! もしそのとき、ひとりの子どもがきみたちのところに来たら、笑ったら、金髪だったら、質問しても答えなかったら、きみたちはかれがだれだかわかるよね。そのときは、お願いしたい! ぼくをこんなに悲しいままにしておかないで、すぐに手紙を書いてほしい。かれが戻ってきたよ、と. . .

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 まさにそれがとても重要な秘密なんだ。ぼくと同じようにちいさな王子が大好きなきみたちにとっても、ぼくにとっても、どこかわからない場所で、ぼくたちの知らない羊があるバラを食べたか食べないかで、この宇宙がすべて違ったものになってしまうんだ. . .
 空をごらん。考えてみて。「あの羊はあの花を食べてしまったのか、そうじゃないのか?」 そうしたら、きみたちはどんなにすべてが変るのか、わかるだろう. . .
 それなのに、大人は、それがどんなに重要なことか決してわからないだろう!

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 そして今、確かにもう六年が過ぎた. . . ぼくはまだ一度もこの話をしたことがない。ぼくと再会した仲間たちは、生きてまた会えたことをとても喜んだ。ぼくは悲しかったが、かれらに言っていた。 「疲れているからね. . . 」
 今、すこし悲しみがやわらいでいる。つまり. . . 完全には消えていない。でもかれが自分の星に帰ったことを、ぼくはよく知っている。というのは、その夜明けには、かれの体が見つからなかったから。あまり重い体ではなかったことだし. . . だからぼくは夜、星たちに耳をすますのが大好きなんだ。それらは五億の鈴のようだ. . .
 ところで、大変なことが起きている。ぼくがちいさな王子に描いてあげた口輪に、革ひもをつけるのを忘れてしまった! かれは羊に口輪を決してつけられなかっただろう。そこでぼくは思う。( かれの星でなにが起きているのか? あの羊があの花を食べたかもしれない. . . )
 あるときはこう思う。( そんなことはないさ! ちいさな王子はあの花を毎晩、ガラスのおおいで守り、あの羊をよく見張っているのさ. . . ) それならぼくはうれしい。すべての星たちがやさしく笑っている。
 またあるときはこう思う。( だれでも一度や二度、うっかりすることがある。それだけでもうおしまいだ! かれがある晩、ガラスのおおいを忘れたら。あの羊が夜中に、そっと出かけたら. . . ) それですべての鈴は涙に変るんだ!. . .


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 かれのくるぶしのあたりには、黄色い光がひらめいただけだった。かれは一瞬、動かないでいた。叫ばなかった。かれは木が倒れるように、ゆっくり、倒れた。音さえたてなかった。砂のせいで。

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 「ねえ. . . ぼくの花. . . ぼくはあの花に責任があるんだ! あの花はとっても弱いんだ! とっても無邪気なんだ。世界から身をまもるのに、もっているのは取るにたりない四つのトゲだけなんだ. . . 」
 ぼくもすわった。もう立っていられなかったから。かれは言った。
 「これで. . . すべてさ. . . 」
 かれはまた少しためらったが、立ちあがった。一歩ふみだした。ぼくは、動くこともできないでいた。

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 「ああ! きたんだ. . . 」
 かれはぼくの手をにぎった。しかしかれはまた苦しんだ。
 「きみはまちがえたよ。つらくなるよ。ぼくは死んだようになる。でもそれはほんとじゃないんだ. . . 」
 ぼくは、黙っていた。
 「わかるよね。遠すぎるんだ。ぼくは、この体をもっていけない。重すぎるんだ」
 ぼくは、黙っていた。
 「でもこれは、はがれた一枚の古い木の皮のようになるんだ。古い木の皮たち、というものは悲しくないよ. . . 」
 ぼくは、黙っていた。
 かれはちょっと気落ちした。けれどまた気をとりなおした。
 「すてきだろうね。ぼくも、星たちをながめるよ。すべての星たちが、さびたプーリーのついた井戸になるんだ。すべての星たちが、ぼくに水をついでくれるんだ. . . 」
 ぼくは、黙っていた。
 「それはとっても楽しいよ! きみは五億の鈴をもつ。ぼくは五億の泉をもつんだ. . . 」
 そしてかれも口をとざした。泣いていたから. . .

 「ここだよ。ぼくひとりで、一歩ふみださせて」
 それなのにかれはすわりこんだ。こわかったのだ。かれはまた言った。

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 そのとききみは友だちに言うんだ。『そうだよ。ぼくは星を見るといつも笑うんだ!』 するとかれらは、きみの頭がおかしくなったと思うよ。ぼくはきみに、ひどいいたずらをしたことになるよね. . . 」
 そしてかれはまた笑った。
 「それは星たちのかわりに、ちいさな笑う鈴をいっぱいきみにあげたみたいだね. . . 」
 そしてかれはまた笑った。それからかれは真顔にもどった。
 「今夜. . . ねえ. . . こないで」
 「きみを離れないよ」
 「ぼく、病人みたいになる. . . すこし死んでいくようになる. . . そういうものさ。そんなの見にこないで。こなくていいから. . . 」
 「きみを離れないよ」
 でも王子は気にかけていた。
 「ぼくがこう言うのはね. . . ヘビのせいでもあるんだ。きみがヘビにかまれちゃいけないから. . . ヘビはあぶない。面白がってかむかもしれないんだ. . . 」
 「きみを離れないよ」
 しかしなにかしら、王子は安心した。
 「二度目にかむときは、ヘビには毒がもうないんだ. . . 」

 その夜、ぼくはかれが出ていくのに気づかなかった。かれはそっとぬけ出していた。ぼくがうまくかれに追いついたとき、かれは決心した様子で、足早に歩いていた。かれはぼくにただ言った。

104

 かれはまた笑った。
 「ああ! ぼうや、ぼうや、ぼくはこの笑い声を聞くのが大好きだよ!」
 「そう、これがぼくの贈り物さ. . . これはあの水と同じようなんだ. . . 」
 「どういうことなの?」
 「人はみんな星をもってるけど、そのもってる意味は同じじゃないんだ。旅行者にとって、星は案内人さ。ほかのある人にとって、星は小さな明かりにしかすぎない。学者たちにとって、星は課題さ。あのビジネスマンにとっては、黄金だった。でもそれら全部の星は黙ってるよ。きみはね、だれももってない星をもつんだ. . . 」
 「どういうことなの?」
 「きみが夜、空をながめるとき、星たちのひとつにぼくは住んでるから、星たちのひとつでぼくは笑ってるから、そのときは、きみにとってすべての星たちが、まるで笑ってるようになる。きみはね、笑うことができる星をもつんだよ!」
 そしてかれはまた笑った。
 「いつかきみの悲しみがやわらぐとき( やわらがない悲しみはないさ )ぼくと知りあってよかったと思うよ。きみはいつもぼくの友だちなんだ。きみはぼくといっしょに笑いたくなるよ。そういうとき窓をこんなふうに開けてよね、気晴らしに. . . きみの友だちは、きみが空をながめて笑ってるのを見て、とてもびっくりするだろうな。

103

 「今夜、ぼく、もっとこわいだろう. . . 」
 取りかえしがつかない気持ちから、ぼくはまた全身が凍るのを感じた。そしてこの笑い声がもう決して聞けなくなると思うだけで、ぼくはとても耐えられないことがわかった。 その笑い声はぼくにとって砂漠のなかの泉のようだった。
 「ぼうや、きみの笑い声がまた聞きたいんだ. . . 」
 でもかれはぼくに言った。
 「今夜で、一年になる。ぼくの星は去年ぼくが落ちてきた場所の、ちょうど真上にあるんだ. . . 」
 「ぼうや、ヘビのことも、会う約束も、星のことも、それらの話は悪い夢だよね. . . 」
 でもかれはぼくの質問に答えないで、ぼくに言った。
 「大切なもの、それは目に見えないんだ. . . 」
 「そうだね. . . 」
 「それはあの花と同じようだね。ある星に咲く一輪の花をきみが好きになると、夜、空をながめるのが心地よくなる。すべての星たちに花が咲くんだ」
 「そうだね. . . 」
 「それはあの水と同じようだね。きみがぼくに飲ませてくれた水は、滑車や綱のおかげで音楽のようだった. . . 覚えているよね. . . あれはいい水だったよ」
 「そうだね. . . 」
 「きみは、夜、星たちを、ながめるだろう。ぼくの星はちいさすぎて、どこにあるのかきみに教えられない。でもそのほうがいいんだ。ぼくの星はきみにとって、星たちのなかのひとつになるんだ。そのとき星たち全部をながめるのが好きになるさ. . . 星たちがみんなきみの友だちになるよ。それからきみに贈り物をあげる. . . 」

102

 「きみの機械の故障がわかって、ぼくはうれしいよ。きみはお家に帰れるんだ. . . 」
 「どうして知ってるの?」
 ぼくは意外にも作業がうまくいったことを、かれにちょうど知らせに来たところなんだ!
 かれはぼくの質問にはぜんぜん答えないで、つけ加えた。
 「ぼくもね、きょう、お家に帰るんだ. . . 」
 それから、悲しそうに言った。
 「そこは、きみより、はるかに遠いんだ. . . はるかに難しいんだ. . . 」
 ぼくは何かとんでもないことが起きているのを感じた。幼子(おさなご)のように、かれを両腕で抱きしめた。そうしても、かれを引きとめるすべもないままに、かれが底知れぬ深みへと、まっすぐ沈んでいくように思えてならなかった. . .
 かれの真剣なまなざしは、はるか遠くに向かっていた。
 「ぼくにはきみのくれた羊がいる。羊の箱もある。口輪もあるよ. . . 」
 そう言って悲しそうにほほ笑んだ。
 ぼくは長いあいだ待った。かれの体にすこしずつぬくもりが戻るのを感じていた。
 「ぼうや、こわかったんだね. . . 」
 もちろん、かれはこわかった! しかしかれは静かに笑った。

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 ぼくはその塀から二十メートルのところに来た。それなのにまだ何も見えなかった。
 ちいさな王子は黙ったあと、また言った。 
 「きみの毒はよく効くの? ぼくを長く苦しませたりはしないよね?」
 ぼくははっとして立ちどまった。胸がしめつけられた。でもまだ何のことかわからなかった。
 「さあ、行きなよ」 かれは言った. . . 「ぼく、降りたいんだ!」
 そのとき塀の下のほうを見ると、ぼくは跳びあがった! そこにいた。ちいさな王子に向かって鎌首をもたげて。それは三十秒で人を殺す、あの黄色いヘビの一匹だった。ぼくは拳銃を出そうとして、ポケットをまさぐりながら駆けだしたが、その音でヘビは噴水が止まるように、静かに砂のなかに沈んでしまった。そして、たいして急ぎもしないで、軽い金属音をたてながら、石のあいだにうまく入りこんでいった。
 ぼくは塀にたどり着き、ぼくのかわいい王子を両腕で抱き支えるのにちょうど間に合った。王子は雪のように蒼白だった。
 「これはなんということなんだ! きみは今ではヘビと話すんだ!」
ぼくはかれがいつも首に巻いている金色のスカーフをほどいた。こめかみを湿らせ、水を飲ませた。それからもうなにもたずねる気になれなかった。かれは真剣にぼくを見つめると、かれの両腕をぼくの首に巻きつけてきた。ぼくはかれの胸の鼓動を感じた。それはカービン銃で撃たれて死んでいく鳥の鼓動のようだった。かれはぼくに言った。

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 「きみは今、仕事をしなければならないんだ。きみの機械のところに、また行かなくちゃ。ここで待ってるから、あしたの夕方、戻ってきて. . . 」
 でもぼくは安心していなかった。あのキツネのことを思い出していた。なついてしまったら、ちょっと泣くかもしれないな. . .

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 井戸の近くに、くずれかけた古い石塀があった。翌日の夕方、ぼくが作業から戻ると、かわいい王子がその塀の上にすわり、両足をおろしているのが遠くから見えた。しかもかれの話してる声も聞こえた。
 「きみはそれを覚えていないの? それはぜんぜんここじゃないよ!」
たぶん別の声がかれに答えた。というのはかれが言い返したから。
 「ちがう! ちがうよ! 日にちは確かに今日だけど、場所がここじゃないんだ. . . 」
 ぼくは塀のほうに歩き続けた。まだだれも見えないし、声も聞こえなかった。それでもちいさな王子はまた言い返した。
 「. . . もちろんさ。きみはぼくの足跡が、砂の上でどこから始まっているかわかるさ。きみはそこでぼくを待っていればいいんだ。ぼくは今夜そこに行くよ」

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 「ああ! なんとかなるよ」 かれは言った。「子どもたちはわかるさ」
 そこでぼくは口輪をえんぴつで描いた。そしてそれをかれにあげるとき、ぼくは胸がしめつけられた。
 「きみにはぼくの知らない計画があるんだね. . . 」
 しかしかれはぼくに答えないで、こう言った。
 「ねえ、ぼくが地球に落ちてきて. . . あしたがその記念日なんだ. . . 」
 それから黙ったあとに、かれはまた言った。
 「ぼくはこのすぐ近くに落ちたんだ. . . 」
 そしてかれは顔を赤らめた。
 また、なぜかわからないまま、ぼくは奇妙な悲しみを感じた。けれどもある質問が頭に浮かんだ。
 「じゃあ偶然じゃなかったんだ。一週間前、ぼくがきみと知りあった朝、人の住んでいるすべての地域から、はるかに離れた所に、たったひとりで、あのように歩いていたのは! きみは落ちた地点に戻るところだったんだね?」
 ちいさな王子はまた顔を赤らめた。
 ぼくはためらいながら、つけ加えた。
 「たぶん、記念日が近かったからだね?. . . 」
 ちいさな王子はまたもや顔を赤らめた。かれは質問には決して答えなかったけれど、顔を赤らめたときは「そうだよ」を意味してるんだよね?
 「ああ!」ぼくはかれに言った。「ぼくは心配なんだ. . . 」
 しかしかれはぼくに答えた。

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 「見つからないんだよ. . . 」 ぼくは答えた。
 「でもね、自分たちが探しているものは、たった一輪のバラや、ほんの少しの水のなかに見つけれるのに. . .」   
 「そうだね」 ぼくは答えた。
 そしてちいさな王子はつけ加えた。
 「でも目では見えないんだ。心で探さなくちゃいけない」

 ぼくは水を飲んで、とてもほっとしていた。夜明けの砂は蜜の色だ。ぼくはその蜜の色もまたうれしかった。なぜぼくは悲しく感じなければならなかったのか. . .
 「約束は守らなければね」 ちいさな王子はぼくに静かに言った。かれはまた、ぼくのそばにすわっていた。
 「なんの約束?」
 「ほら. . . ぼくの羊の口輪だよ. . . ぼくはあの花に責任があるんだ!」
 ぼくはポケットから絵の下書きを何枚か取り出した。ちいさな王子はそれらを見て、笑いながら言った。
 「きみのバオバブは、ちょっとキャベツみたいだ. . . 」
 「あー!」
 このぼくはバオバブの絵に、とても自信があったのに!
 「きみのキツネは. . . 耳が. . . ちょっと角みたいだ. . .長すぎるよ!」
 そしてかれはまた笑った。
 「きみは不公平だよ、ぼうや。ぼくはボアの内側と外側しか描けなかったんだよ」

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 かれは笑い、その綱をつかみ、滑車を動かした。
 すると長いあいだ風に吹かれていない、古い風見鶏がきしむように、滑車はきしむ音をたてた。
 「聞こえるよね」 ちいさな王子は言った。「ぼくたちがこの井戸を起こしたんだ。それで井戸が歌ってる. . . 」
 ぼくはかれに無理してもらいたくなかった。
 「ぼくがするよ」 ぼくは言った。「きみには重すぎる」
 ゆっくりとぼくは桶を縁(ふち)石(いし)まで引きあげた。ぼくはそれをそこにしっかり置いた。ぼくの耳には滑車の歌が続いていて、まだゆれている水には太陽がゆらいでいた。
 「ぼくがほしかったのは、この水なんだ」 ちいさな王子は言った。「ぼくに飲ませて. . . 」
 そこでぼくはかれが探していたものがわかった!
 ぼくはかれの唇まで桶をもちあげた。かれは目を閉じて飲んだ。それは祝祭のように甘美だった。その水はまったく普通の水ではなかった。それは星空の下を歩き、滑車が歌い、ぼくの両腕でがんばった結果生まれた水だった。それは贈り物のように、心にいいものだった。ぼくが子どものころ、同じように、クリスマスツリーの明かりや、深夜ミサの音楽や、みんなの優しい笑顔のすべてが、ぼくのもらったクリスマスの贈り物を輝かせていたのだった。
 「きみの星の人たちは」 ちいさな王子は言った。「ひとつの庭に五千のバラを育ててる. . . それなのに自分たちの探してるものがそこに見つからないんだね. . . 」

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かれのすこしひらいた唇がかすかに微笑みかけていたので、ぼくはまた思った。( この眠っているちいさな王子にそれほど強く感動するのは、一輪の花にかれが誠実だからだ。かれが眠っているときでさえ、一輪のバラの姿がランプの炎のように、かれのなかで光を放っている. . . ) そしてぼくはかれがなおいっそう壊れやすいことを感じた。ランプたちをしっかり守らなくてはならないんだ。突風がそれらをふき消すかもしれないから. . .
 こうしてぼくは歩きつづけ、夜明けには井戸を見つけた。


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 「人間たちは」 ちいさな王子は言った。「特急列車に乗りこむけど、みんな自分がなにを探しているのか、もうわからないんだ。それでそわそわして、同じところをぐるぐる回っている. . . 」
 そしてつけ加えた。
 「そんなこと、しなくてもいいのに. . . 」
 ぼくたちが行き着いた井戸は、サハラ砂漠のほかの井戸と似ていなかった。サハラ砂漠の井戸は、砂を掘ったたんなる穴にすぎない。ぼくたちのその井戸は村の井戸に似ていた。でもそこには村がまったくなかった。ぼくは夢を見ていると思った。
 「へんだなあ」 ぼくはちいさな王子に言った。「すべてがそろってる。滑車も、桶も、綱も. . . 」

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 ぼくは答えた。「そうだね」 そしてぼくは話をやめて、月明かりに照らされた砂の起伏をながめていた。
 「砂漠はきれいだな」 かれはつけ加えた。
まさにそれは本当だった。ぼくはずっと砂漠が好きなんだ。砂丘にすわる。なにも見えない。なにも聞こえない。なのに、なにかがひそかに光っている. . .
 「砂漠がきれいなのは」 ちいさな王子は言った。「それはどこかに井戸を隠しているからさ. . . 」
 砂からでる神秘的な光のことが突然わかって、ぼくはびっくりした。子どものころ、ぼくは古い家に住んでいて、宝物がそのどこかに埋められているという言い伝えがあった。もちろん、だれもそれを見つけられなかったし、たぶんそれを探そうとさえしなかった。だがそれは家全体に魔法をかけていたんだ。ぼくの家はその中心の奥底に秘密を隠していた. . .
 「そうだよ」 ぼくはちいさな王子に言った。「家でも星でも砂漠でも、それらをきれいにするものは目に見えないんだ!」
 「うれしいな」 かれは言った。「きみがぼくのキツネと同じ考えなので」
 ちいさな王子が眠りかけていたので、ぼくはかれを両腕で抱きあげ、また歩きだした。ぼくは胸がいっぱいになっていた。ぼくは壊れやすい宝物を抱きかかえているようだった。地球の上に、これより壊れやすいものはないとさえ思えた。ぼくは月の光に照らされた青白い額、閉じた目、風にゆれる髪の房を見つめていた。そして思った。( ぼくがここに見えるものは外見にしかすぎない。一番重要なものは目に見えない. . . )

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 でもかれはぼくをじっと見つめて、ぼくの考えに答えた。
 「ぼくものどが渇いてる. . . 井戸を探そう. . . 」
 ぼくはもううんざりだという身ぶりをした。広大な砂漠のなかを、あてもなく井戸を探すのはばかげてる。それでも、ぼくたちは歩きだした。

 ぼくたちが何時間も黙って歩いていると、夜になり、星たちの明かりがともりはじめた。のどの渇きのせいですこし熱っぽかったので、ぼくは夢見心地で星たちを見ていた。ちいさな王子の言ったあの言葉が、ぼくの記憶のなかで踊っていた。 
 「じゃあ、きみものどが渇いてるんだね?」 ぼくはかれにたずねた。
 しかし、かれはぼくの質問に答えなかった。かれはただぼくに言った。
 「水は心にもいいものになれるよ. . . 」
 ぼくはかれの返事がわからなかった。でもぼくは口をとざした. . . かれに質問してはいけないということを、ぼくはよく知っていたから。
 かれは疲れていて、すわった。ぼくはかれのそばにすわった。そして沈黙のあと、かれはまた言った。
 「星たちはきれいだな。見えない一輪の花があるから. . . 」

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 「じゃあその五十三分をどうするの」
 「したいことをすればいいのさ. . . 」
 ( ぼくなら ) ちいさな王子は思った。( 五十三分あれば、水飲み場の方へゆっくり歩いていくのに. . . )


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 砂漠で飛行機が故障してから八日目だった。たくわえていた水の最後の一滴を飲みながら、ぼくはその商人の話を聞いていた。
 「ああ!」 ぼくはちいさな王子に言った。「とてもすてきだね、きみの思い出は。でもぼくの飛行機はまだ修理ができてないし、飲み水は全然ないんだ。だからぼくも同じように、水飲み場の方へゆっくり歩いていけたら、うれしいんだけどなあ!」
 「ぼくの友だちのキツネはね. . .」 かれはぼくに言った。
 「あのね、ぼうや、もうキツネどころじゃないんだよ!」
 「どうして?」
 「どうしてって、のどが渇いてもうすぐ死ぬんだから. . . 」
 かれはぼくの理屈を理解しないで、ぼくに答えた。
 「友だちをもったことはいいことなんだ、たとえもうすぐ死ぬにしても。ぼくはといえば、キツネと友だちになって、ほんとによかった. . . 」
 ( かれは危険がわからないんだ ) ぼくは思った。( かれ
は決して飢えたり、のどが渇いたりしない。かれにはすこしの日の光があれば充分なんだ. . . )

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 「こんにちは」 ちいさな王子は言った。
 「こんにちは」 商人は言った。
 それはのどの渇きをいやすという、すごい薬を売る商人だった。一週間に一粒それを飲むと、もう水を飲みたいと思わなくなるという。
 「どうしてそんなもの売ってるの?」 ちいさな王子は言った。
 「これはたいへんな時間の節約になるからだよ」 商人は言った。「専門家が計算した。一週間に五十三分の節約になるのだよ」

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転轍手は言った。「かれらを運ぶ列車を、右に左に送るんだよ」
 すると明かりのついた特急列車が、雷のように轟きながら、転轍小屋を震わせた。
 「かれらはとても急いでいるんだ」 ちいさな王子は言った。「なにを探してるんだろう?」
 「機関士自身も、それを知らないよ」 転轍手は言った。
すると反対方向にいく、明かりのついた二番目の特急列車が轟音をあげた。
 「もう戻ってくるの?」 ちいさな王子はたずねた. . .
 「あれはさっきの人たちじゃないよ」 転轍手は言った。「すれちがったんだ」
 「かれらは満足していなかったんだ。いったいかれらはどこにいたんだろう?」
 「自分のいる場所に満足している人は決していないよ」 転轍手は言った。
 すると明かりのついた三番目の特急列車の大音響が轟いた。
 「かれらは最初の旅行者たちを追いかけてるの?」 ちいさな王子はたずねた。
 「ぜんぜん追いかけてなんかいないさ」 転轍手は言った。「かれらは車内で眠っているか、それともあくびをしている。子どもたちだけが窓ガラスに鼻を押しつけているんだ」
 「子どもたちだけが、なにを探してるのか知ってるんだ」 ちいさな王子は言った。「かれらはぼろ人形に時間を失うから、その人形がとても大切になるんだ。だからもし人形を取りあげたら、かれらは泣くんだ. . . 」
 「子どもはうらやましい」 転轍手は言った。

88

 それからかれはキツネの方に戻った。
 「さよなら」 かれは言った。
 「さよなら」 キツネは言った。「ぼくの秘密だよ。とても簡単さ。心で見ないとよく見えない。大切なものは、目に見えないんだ」
 「大切なものは、目に見えない」 覚えておくために、ちいさな王子はくり返した。
 「きみのバラに失った時間こそが、きみのバラをそれほど大事なものにしたんだ」
 「ぼくのバラに失った時間こそが. . . 」 覚えておくために、ちいさな王子は言った。
 「人間たちはこの真理を忘れてしまっている」 キツネは言った。「だがきみはそれを忘れてはだめだ。きみがなつかせたものに対して、きみは永久に責任をもつことになる。きみのバラに、きみは責任がある. . . 」
 「ぼくのバラに、ぼくは責任がある. . . 」 覚えておくために、ちいさな王子はくり返した。


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 「こんにちは」 ちいさな王子は言った。
 「こんにちは」 転(てん)轍手(てつしゅ)は言った。
 「ここでなにをしてるの?」 ちいさな王子は言った。
 「旅行者たちを千人ずつまとめて入れかえてるんだ」

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 「バラたちにもう一度会いにいきなよ。きみのバラが世界で唯一のものだと、きみはわかるんだ。さよならを言いに戻ってきたら、おれはきみに秘密の贈り物をあげるよ」

 ちいさな王子はバラたちにもう一度会いにいった。
 「きみたちはぼくのバラとぜんぜん似てないね。まだなにものでもないんだ」 かれはバラたちに言った。「だれもきみたちをなつかせたことがないし、きみたちだって、だれもなつかせたことがないんだ。きみたちはぼくが会う前のキツネみたいだ。そのキツネは十万匹のキツネと同じ一匹のキツネでしかなかった。でもぼくはそのキツネと友だちになった。しかも今では世界で唯一のキツネなんだ」
 バラたちはとても気まずかった。
 「きみたちはきれいだ。でも中身はからっぽなんだ」 かれはまたバラたちに言った。「きみたちのためには死ねないんだ。もちろん、ぼくのあのバラだって通りすがりの人が見たら、きみたちと同じだと思うだろう。でもぼくのバラだけはきみたち全部より大切なんだ。だってあのバラなんだよ、ぼくが水をやったのは。あのバラなんだよ、ぼくがガラスのおおいをかぶせたのは。あのバラなんだよ、ぼくがついたてで守ったのは。あのバラなんだよ、ぼくが毛虫を殺したのは(チョウチョになる二、三匹は残したけど)。あのバラなんだよ、ぼくが不満や自慢やときどき沈黙でさえ耳をかたむけたのは。だってあれは、ぼくのバラなんだから」

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 「決め事ってなに?」 ちいさな王子は言った。
 「これもあまりに忘れられていることだよ」 キツネは言った。「それは、ある日をほかの日と、ある時間をほかの時間と違ったものにすることさ。たとえば猟師たちのところには決め事がある。かれらは木曜日に村の娘たちとダンスをする。それで木曜日はすばらしい日になるんだ! おれはブドウ畑まで散歩にいく。もし猟師たちがいつと決めないでダンスをすると、毎日がみんな同じようになって、おれには休みがぜんぜんなくなってしまうんだ」

 こうしてちいさな王子はキツネをなつかせた。そして別れのときが近づいた。
 「ああ!」 キツネは言った。「おれ、泣いちゃうよ. . . 」
 「きみのせいだよ」 ちいさな王子は言った。「ぼくはきみを悪いようにしようなんて、ぜんぜん思ってなかったよ。きみがなつかせてくれって、ぼくに望んだんだ. . . 」
 「そうだよ」 キツネは言った。
 「でもきみ、泣きそうだね!」 ちいさな王子は言った。
 「そうだよ」 キツネは言った。
 「それじゃ、きみはなにもいいことなかったね!」
 「いいことあったよ」 キツネは言った。「小麦の色のおかげでね」
 それからキツネはつけ加えた。

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だからきみがおれをなつかせたら、すばらしいことになるよ! 金色の小麦を見ると、おれはきみを思い出すだろう。しかもおれは麦を吹きわたる風の音も、好きになる. . . 」
 キツネは黙って、ちいさな王子を長いあいだ見つめた。
 「おねがい. . . おれをなつかせて!」 キツネは言った。
 「ぼくもそうしたいよ」 ちいさな王子は答えた。「でもぼくにはあまり時間がない。友だちを見つけなきゃならないし、知らなきゃならないことも、たくさんあるんだ」
 「なつかせたものしか、知ることはできないよ」 キツネは言った。「人間たちにはもう何かを知る時間がない。かれらは店でできあがったものを買う。でも友だちを売る商人はいないから、人間たちにはもう友だちがいないんだ。もし友だちがほしければ、おれをなつかせて!」
 「どうしたらいいの?」 ちいさな王子は言った。
 「辛抱がとても必要さ」 キツネが答えた。「最初きみはおれからすこし離れて、このように、草のなかにすわるんだ。おれは横目できみを見る。きみはなにも言っちゃいけない。言葉は誤解のもとだ。でも、毎日きみはすこしずつ近くにすわることができる. . . 」
 次の日ちいさな王子はまたやって来た。
 「同じ時間に来たほうがよかったのに」 キツネは言った。「たとえば、きみが午後四時に来るなら、三時になるとおれはうれしくなってくる。時間がたてばたつほど、おれはうれしさでいっぱいになってくる。四時には、もう、そわそわして心配して、おれって幸せだなと感じるんだ! でもきみがいつと決めないで来るなら、おれは何時に心の準備をしたらいいか、わからなくなる. . . 決め事が必要なんだ」

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