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 それでぼくは別の仕事を選ばなければならなくなって、飛行機の操縦を覚えた。ぼくは世界のいたる所に飛んだ。まさに地理学がたいへん役に立った。ぼくはひと目で、中国とアリゾナ州を見分けることができた。夜間、飛んでいる方向がわからなくなったときは、とても助かる。
 ぼくはそんなふうにして生きてきたなかで、たくさんのまじめな人たちと、たくさんのつきあいをしてきた。ぼくは大人たちのところでずいぶん暮らしてきた。大人たちをとても近くから見てきた。そうしても、ぼくの考え方はあまり変わらなかった。
 すこし賢(かしこ)そうな大人に出会うと、ぼくはずっと持っていたデッサン第1号でその人を実験したものだ。本当に理解力があるかどうか知りたかったから。しかし大人はいつもぼくに答えた。「これは帽子だね」。それでぼくは大蛇ボアについても原始林についても星についても、その人に話さなかった。ぼくはその人に調子をあわせ、ブリッジゴルフや政治やネクタイについて話したのさ。するとその大人はそんなに分別のある男と知り合いになって、とても満足だった。


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 そういうわけで、ぼくは本当の話ができる人もいなく、ひとりで暮らしてきた。それは今から六年前、ぼくの飛行機がサハラ砂漠で故障するまでのことだった。ぼくのエンジンのなかで何かがこわれてしまっていたのだ。

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